6 Yes

 どれだけの人が覚えているか解らないが、中村一義が『ERA』をリリースした直後、音楽雑誌『BRIDGE』の表紙で彼は”JUST SAY NO”というロゴの入ったTシャツを着ていた。そうなのだ。『ERA』とはそういうアルバムだったのだ。今思い出せばそういうアルバムだったのだ。『ERA』は、時代にやられていた現状に”NO”を叩き付けるものであり、彼は”NO”と言わざろうえない立ち位置にいたのだ。そいういうアルバムだったのだ。しかし、時は流れ、この2002年という年に彼はこのようなタイトルの楽曲を創ることになる。その名も『Yes』‥‥。
 曲の頭から壮大なストリングスがこれでもかというぐらいに高らかに鳴り響く、『Yes』‥‥。バスドラの入り口と”うん、”というフレーズが小沢健二の『LIFE』の時代を彷佛とさせる痛烈なラヴ・ソング、『Yes』‥‥。ゴダイゴの『ホーリー&ブライト』の穏やかな甘いメロディーや『銀河鉄道999』の真直ぐで高揚感のある純粋なメロディーまでもが棲みついている、『Yes』‥‥。まるでビートルズの映画『イエロー・サブマリン』でジョンが『オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ』を高らかに唄い上げている映像がフラッシュバックしてきてしまいそうな、『Yes』‥‥。そしてこの曲の通低音として鳴り響くのが、ポール・マッカートニー&ウイングスの70年代のヒット・チューン、『シリー・ラヴソング』なのは言うまでもないであろう、『Yes』‥‥。『シリー・ラヴソング』とは、ポールが、70年代当時にとある評論家に「バラ−ドしか書けない」と批判され、それに対して「バカげたラヴ・ソングで何が悪い?」と開き直って創ったと言われている曰く付きの曲である。それに中村一義は共振した。共鳴した。そして、ラブレターを書いた。”イェス”と唄った、『Yes』‥‥。
 そもそも”NO”ということを吐き出す方が簡単なんだよ、人間って。だってあらゆる不機嫌なものに拒否をしてしまえば、その対象は僕らの側には近寄ってこないのだから。だから楽なのだ。ということは、”YES”ということを吐き出す方が難しいということなのだ。”YES”ということは、今自分の目の前に広がる景色や、自分の内面をも抱いて道を認めて進むべき宣言であるからだ。すべてを受け止めて、なおさら、僕として僕は行くということだから。善も悪も、白も黒も、両面を受け入れて、進むことだから。だから辛いのだ。怖いのだ。そう、結局のところ、”YES”、または、”愛”という言葉は、あらゆるすべてを受け入れることなのだから。そう、”愛”は”愛”ではないものまでも包み込むというとてつもなく壮大きわまりないものだから。全肯定することを前提とする宣言であるものだから。だから、そこに向かって行くことは決して楽じゃないんだ。でも楽しいんだよ。いづれハピネスがやってくることは明らかなのだから。そう考えるとね、”NO”という言葉を叩き付けてしまうことは楽しくはないということになるんだよね。楽だけどね。うん。同じ”楽”という言葉を使っている漢字であるが、この差は歴然だ。楽じゃなくとも、楽しみたい。”「辛さ」へは、その「ハッピー」で示すのを”ということなのだ。それが、アルバム制作時の前から中村一義が発言していたキーワード、”笑顔の逆襲”というところに繋がるのだ。泣き顔も笑顔ということがそれだ。すべては笑顔へ通じる道を突き進め。だから‥‥、
 ”愛の優しさを持つことを、誤解しないで、やめないで。”

 

←back  next→

 back to disk review top